“楽器は、心を鳴らす道具だ”──『ふつうの軽音部』の楽器が語る物語

ふつうの軽音部

“音”は、心の奥を鳴らす──。
『ふつうの軽音部』に登場するキャラクターたちは、それぞれに違う楽器を手に取り、自分自身を奏でていく。その選択に、彼女たちの“内側”が宿っていることに気づいたとき、読者の胸にも小さな振動が生まれるはずだ。
この記事では、キャラが手にする楽器の種類や特徴だけでなく、「なぜその楽器だったのか」「その音が何を語っていたのか」を軸に、作品の裏にある感情のレイヤーをひもといていく。

『ふつうの軽音部』の楽器一覧とキャラクター解説

まずは、登場キャラクターたちが手にする楽器とその特徴を、メンバーごとに紹介していく。それぞれの楽器はただの“演奏道具”ではなく、彼女たちの“分身”として物語に機能している。

鳩野ちひろ|Fender Telecaster(赤)

主人公・鳩野ちひろが使用するのは、赤いFender Telecaster。カラーはキャンディアップルレッドと思われ、22フレット仕様の3連ブリッジという特徴的なモデルです。彼女は、ナンバーガールの向井秀徳に憧れてこのギターを選びました。このギターは、ちひろの不器用ながらも真っ直ぐな性格を象徴しており、彼女の成長と共に音色も変化していきます。

内田桃|ドラムセット(詳細不明)

内田桃は、バンドのドラム担当であり、彼女の使用するドラムセットの詳細は明らかにされていません。しかし、彼女の演奏スタイルはエネルギッシュで、バンドのリズムを力強く支えています。そのプレイは、桃の明るく前向きな性格を反映しており、バンド全体の雰囲気を盛り上げる要素となっています。

幸山厘|Fender Jazz Bass(サンバースト)

幸山厘が使用するのは、サンバーストカラーのFender Jazz Bass。ローズウッド指板の20フレット仕様で、彼女の落ち着いた性格と堅実なプレイスタイルを象徴しています。厘のベースは、バンドの土台をしっかりと支え、他のメンバーの演奏を引き立てる役割を果たしています。

藤井彩目|Fender Jazzmaster(オレンジ)

藤井彩目が使用するのは、オレンジ色のFender Jazzmaster。ハムバッカー2基を搭載したモデルで、彼女の繊細でありながらも芯のある演奏スタイルを表現しています。彩目のギターは、バンドの音に独特の色彩を加え、楽曲に深みを与えています。

その他のキャラ|Telecaster、Stratocaster、Les Paulなど

その他のキャラクターたちも、それぞれ個性的な楽器を使用しています。例えば、鷹見項希はFender Telecasterを、新田たまき先輩はFender Stratocasterを、水尾春一はGibson Les Paul Specialを使用しています。これらの楽器選びは、各キャラクターの個性や背景を反映しており、物語に深みを加えています。

なぜ“その楽器”だったのか──音と心のシンクロニシティ

『ふつうの軽音部』の魅力のひとつは、キャラクターが奏でる“音”が、単なる演出ではなく、そのキャラの“心の声”として描かれていることだ。
どの楽器を選び、どんな音を鳴らすか──そこには、彼女たちの性格、過去、葛藤、そして未来への願いが滲んでいる。
ここでは、主要キャラクターの楽器選びが、どのようにその人物像とリンクしているのかを深掘りしていこう。

鳩野ちひろ|Telecasterが映す“まっすぐさ”と“未完成な勇気”

鳩野ちひろが選んだのは、赤いFender Telecaster
これはただの“初心者向け”の選択ではない。彼女にとってこのギターは、自分を音で表現するための“最初の一歩”であり、“怖さを抱えながらも進む意思”の象徴だ。
中学時代、歌うことにトラウマを抱え、声を出すことすら怖くなっていたちひろ。しかしこのTelecasterを手にした瞬間、彼女は「音でなら話せるかもしれない」と思った。
そのシンプルで芯のある音は、ちひろの“まだ不器用だけれど、まっすぐな勇気”と重なり合う。
ナンバーガールの向井秀徳に憧れてこのギターを選んだという点も、「自分がなりたい誰かに近づくための道具」としてのTelecasterという意味合いを帯びている。

内田桃|ドラムが支える“陽”のエネルギーと“感情のダイレクトさ”

ドラムは、音楽における“心臓”だ。内田桃の存在感もまた、バンドの鼓動そのものと言える。
彼女はドラムの詳細なブランドやモデルこそ描かれていないものの、そのプレイスタイルは非常に“感情直結型”。叩く音に嘘がなく、喜びも焦りも全てスティックを通じて音になってしまうタイプだ。
彼女の“陽”のエネルギーは、単なる元気さだけでなく、空気を読み、場を明るく照らそうとする“優しさ”から来ている。
ドラムという楽器は、叩いた分だけ正直に音が返ってくる。だからこそ、桃の存在が嘘のない“原動力”としてバンドを引っ張っていることが、音から伝わるのだ。

幸山厘|Jazz Bassが語る“縁の下”と“信仰心”

ベースは、音楽の“土台”だ。あまり前に出ることはないが、欠けてしまえば全体が崩れる──そんな役割を黙々とこなすのが、幸山厘というキャラクターだ。
彼女の使用するFender Jazz Bass(サンバースト)は、音の芯がありながらも柔らかく、他のパートを包み込むような響きが特徴。
厘はちひろの歌声を“神”と称し、彼女に深い信仰にも似た感情を抱いている。その静かな信頼と、時に暴走しかける信仰心は、彼女の奏でる低音の中に見え隠れする。
ベースの“聴こえないけど感じる”という特性と、厘の“語らないけど支える”性格はまさに重なっており、無言の存在感として物語に深みを与えている。

藤井彩目|Jazzmasterが映す“傷”と“再生”

藤井彩目が選んだのは、オレンジのFender Jazzmaster
その色味はどこか陽だまりのようでありながら、少しだけ切なさを含んでいるようにも見える。
かつていじめを経験し、“無害な優等生”として感情を封じていた彩目。そんな彼女がバンドに入り、音を出すようになったのは、ちひろの歌に“心を動かされた”からだった。
Jazzmasterは、他のギターに比べてクセのある音が特徴で、決して万人受けするモデルではない。だがそのクセこそが彩目の“本当の自分”に近いのだ。
演奏を通じて彼女は、自分の傷に向き合い、それを音として放つことで“再生”していく。彼女のジャズマスターの音は、その過程そのものだ。

鷹見項希|Telecasterが映す“技術”と“孤高”

プロ級の腕前を持ち、高校生離れしたテクニックを誇る鷹見項希。彼が選んだブルーのTelecasterは、無駄のない構造と輪郭のはっきりした音を持つ、技術者に愛される一本だ。
彼は他者に対してあまり興味を示さず、音楽に関しても非常にストイック。そんな彼の姿勢が、Telecasterの“クセのない真っ直ぐな音”に重なる。
また、その青色のボディは、どこか彼の“感情の凍結”を象徴しているようにも感じられる。冷静で距離を保つ彼が、唯一心を許しかけているのがちひろ──その関係性が、時に音に変わって火花を散らす。
鷹見にとってギターとは、感情ではなく“技術”であり、だからこそ彼の音は凛としていて美しい。

楽器がつなぐ関係性──音で語る“わたしとあなた”

『ふつうの軽音部』において、楽器は単なる演奏の道具ではなく、キャラクター同士の関係性を映し出す“鏡”のような存在です。
それぞれの楽器が奏でる音色や演奏スタイルが、メンバー間の絆や心の距離感を象徴しています。
ここでは、主要キャラクターたちの楽器がどのように彼女たちの関係性を描き出しているのかを掘り下げていきます。

ちひろと桃|ギターとドラムが刻む“信頼”のリズム

鳩野ちひろのギターと内田桃のドラムは、バンドの中心を担う存在です。
ちひろのギターがメロディーを奏で、桃のドラムがリズムを刻むことで、音楽が成立します。
この関係性は、二人の間にある“信頼”を象徴しています。
ちひろが不安定な演奏をしても、桃はリズムで支え、逆に桃がリズムを崩しても、ちひろがメロディーでカバーする。
このように、互いの弱さを補い合う関係性が、ギターとドラムの掛け合いに表れています。

ちひろと厘|ギターとベースが奏でる“共鳴”の低音

ちひろのギターと幸山厘のベースは、メロディーとハーモニーの関係にあります。
ちひろのギターが前面で旋律を奏でる一方で、厘のベースは背後で音楽の土台を支えています。
この関係性は、厘がちひろに対して抱く“信仰”にも似た感情を反映しています。
厘のベースラインは、ちひろのギターを引き立てるように設計されており、二人の音が重なることで、深い“共鳴”が生まれます。
このように、ギターとベースの関係性が、二人の心の繋がりを象徴しています。

ちひろと彩目|ギターとギターが描く“対話”のハーモニー

ちひろと藤井彩目は、共にギターを担当していますが、その演奏スタイルは対照的です。
ちひろのギターは感情を前面に出したストレートな演奏であるのに対し、彩目のギターは繊細で内省的な音色を奏でます。
この違いが、二人の間に“対話”を生み出しています。
ライブや練習中に、ちひろが感情的なフレーズを弾けば、彩目はそれに応えるように繊細なアルペジオを重ねる。
このように、ギター同士の掛け合いが、二人の心の交流を表現しています。

桃と彩目|ドラムとギターが奏でる“補完”のリズム

桃のドラムと彩目のギターは、リズムとメロディーの関係にあります。
桃のドラムが安定したビートを刻むことで、彩目のギターが自由にメロディーを奏でることができます。
この関係性は、桃が彩目の内向的な性格を理解し、支えようとする“補完”の姿勢を象徴しています。
また、彩目のギターが感情を表現する手段であるのに対し、桃のドラムはその感情を受け止め、リズムとして昇華させる役割を担っています。
このように、ドラムとギターの関係性が、二人の心の繋がりを描き出しています。

ちひろと鷹見|ギターとギターが交差する“競争”と“刺激”

ちひろと鷹見項希は、共にギターを担当するライバル関係にあります。
鷹見のギターはテクニカルで洗練された演奏を特徴とし、ちひろのギターは感情を前面に出したプレイスタイルです。
この対照的な演奏スタイルが、二人の間に“競争”“刺激”を生み出しています。
ライブや練習中に、鷹見が高度なテクニックを披露すれば、ちひろは感情的なフレーズで応戦する。
このように、ギター同士の競い合いが、二人の関係性を象徴しています。

まとめ|“楽器=心”というメタファーが残すもの

『ふつうの軽音部』は、ただの音楽マンガではない。
そこには、楽器を通じて“心”が語られる物語がある。
キャラクターたちが選んだ楽器、奏でる音、演奏スタイル──それらはすべて、彼女たちの内面をそのまま表す“もうひとつの言語”だった。

たとえば、鳩野ちひろが選んだTelecasterは、不器用な勇気そのものであり、“まだ上手く言葉にできない感情”を音で叫ぶための道具だった。
幸山厘のJazz Bassは、言葉を超えて誰かを支えたいという祈りのような“沈黙の愛”を語るためにある。
藤井彩目のJazzmasterは、過去の傷と、それを超えていく再生の物語。
内田桃のドラムは、仲間を信じ、支えるエネルギーをまっすぐに音にしたものだった。

楽器は、彼女たちの“現在地”を表し、物語が進むごとに変化していくその音は、まるで“心の成長記録”のようだ。
演奏とは、自分の感情と、他者の感情を重ねていく行為
それを“音”というかたちでやりとりする彼女たちの姿は、どこか不器用で、でも限りなく真っ直ぐだ。

この記事を読み終えた今、改めて思う。
“楽器は、心を鳴らす道具だ”──
この言葉は、音楽に限らず、きっと誰かに何かを伝えたいと願うすべての人に向けたメッセージなのだと。
『ふつうの軽音部』は、そんな“伝えたい”という気持ちを、音にして前に進もうとする物語なのだ。

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